昭和45年12月18日 月次祭



 今晩、夕食を久しぶりで若先生と、丁度、幹三郎もおりましたから、炬燵の間で、三人で食事をさせていただいて、親子話すと、もう必ず信心話でございます。信心、いわゆる信心話をさせて頂きながら、来年、もう今年の末から十幾日かということでございますから、来年のいわば信心と、信心のまあ、焦点といったものを色々神様にお願いをさせて頂いているのだが、来年はどうもただ大きなおかげを頂くという事。
 大きなおかげを受けようという事、そこに一つ焦点を置いていこうと。だからニ、三年前ですかねより豊かに、より大きくより豊かにとかと言う様な、信心の焦点で進んだ事が御座いますね。だからそれを本当にこう具体的にですね、いわゆる大きなおかげを頂こうと、言う事をそれは、言葉はどう頂くかわかりませんけれども、大きなおかげを頂こうと、という事になるだろうと言った様な話をさせて頂いたんです。
 ですから是は誰しもひとつ大きなおかげを頂きたいと、是は願わぬ者はない。小さいおかげよりも大きいおかげが良い。そこでまあ思うのですけどもね、例えて電気なら電気にたとえますと、このまスイッチ一つが真心というなら、ね、真心一つを押せばですね、ここ全館に灯がともる。一つのスイッチを押せば、そこの廊下ん所にひとつポツンとつくだけだと。スイッチ一つでね十もつけば一つにもなる。
 いわば五十にも百にもこの設備がでけてさえおれば、スイッチ一つで百も灯る、という事になるのです。ですから、その大きなおかげを頂かせて頂く為にはね、ただ、大きなおかげを頂こう、頂こうではなりませんのでお互いが、例えば十年又は二十年お互い信心の稽古をさせて頂いて、どれ程しの設備が出来たか分かりませんけれども。いよいよそのまあ、電気工事が完了して、スイッチ一つ押せば、明るく各部屋が電灯が灯るとか、一部屋に灯るとかと言った様な事にもなる訳でしょうが。
 どう言う様な信心をさせて頂けば、その大きなおかげと言う事になるだろうかと言う事で御座います。勿論願いを大きく持たせて頂ななきゃならん。ね、だからその最近合楽で言われております、いわゆる天赦願と。ね、願うという事は、神様が待ち望んでござる事だと、ね、氏子の幸せを願いぬいてござる神様ですから、私共がその願いの信心に立たせて頂こうと。ね、そこでその願わして頂いておる事が、神様が願うてござる事と一致するかと言うことが問題であると。
 ただ、自分の我情我欲だけの願いでは願にゃならんと、ですからどうぞ皆さんが大きなおかげを頂きたいと願わして頂く。所が私はあの思うのですけどもね。合楽の方達はそう言う願いの元にま信心を進めて、信心の稽古をさせて頂いておるのですけれども。もういうならば、先日どなたでしたかね、熱心に信心をしておる方が頂いておるお知らせ、久冨さんでしたか頂いておるのに、折角車を引いてもう車の、山の例えば八合目までも登っておろうかという時に、子供がそれを後ろから引っ張る。ね、
 ですから、その引っ張るということと押すという事はもう大変な違いなんだ。そこで是はどうでも家族勢を揃えて、家族中のものが大きなおかげを頂かして貰い、大きな信心をさしてもらい、ね、おかげを頂いていかなければいけない。で、その方があなたじゃったですかね確かそうだった、私はその時そんな話をしたんです。私共がいうならば信心しとっても、どうしてあんなに難儀が続くじゃろうかと言われた時に、私の信心の喜びというかね、信心の感動というか、そういうものがもうみなぎっておった。
 それが親にも伝わり、子供にも伝わり、いやそれが御霊様にまで伝わって、もうそれこそあげておかげを頂くことの為に精進した。というお話をさせて頂いた。ある正月のお知らせに、母が、沢山の梅の実を積んだ大きな船がね、椛目時代に、前がズーット海になってから、椛目の家に、中にそれを入ろうとするから、中に押し入れようとするお夢を頂いた。私が前に縄をつけて、一生懸命その引っ張っておる。
 その先頭は、私の亡くなった弟。戦死しました弟が、その先のほうにまた、を引っ張っておる。後ろからは、家内やら子供たちが、こうお尻をひっからげて船を押しよる。今の若先生が、まだこんな小さい時でしたから、何か扇子のような物を広げて、船の上に上がってから、ガンバレガンバレと言っておるところであった。もう親も子も孫も、御霊様までが、そのことに一生懸命になったと、確かに考えてみるとそうであったなと自分で思う。そのまあ、いうなら原動力を作ったのは私であったと思う。
 私が余りにまあ、信心に一生懸命に熱中致しますから、両親が心配しまして、商売をさして貰らゃやあ、一人前の商売が出来るあんたが、もういつもかつも破れ洋着て、破れ鞄を下げて破れ靴さげてからさあ、今日はどこにお話に行かんならん、どこに導かんならんというて、お商売はもうそっちのけで、その神様、神様という。神様信心を止めろとは言わないけれども、信心は止めよとは言わないけれども、少し商売の方にも身を入れたらどうかと言うて、両親が私に申しましたことすらございました。
 それを、私は黙って聞いている。終いには、とうとう父が、ね、あんたがこう言う状態、これが続くなら、もうどうにも仕様がないから、まだ父も若かったですからね。あんな本気で、矢張り考えた。お四国さん巡りなっとんせにゃ仕様のなかって、こう申しました。そん時に、私の心の中にね、もう、可笑しゅうして可笑しゅうしてこたえん。先の事がわからんもんだからと思う。
 そして私は、とうとうもう心からもう両親は涙流して話しよるとん、笑い出したもんじゃけん、あんたばかりはもういくら言うたっちゃ笑ちから。まさあそんな事より御祈念、御祈念と言うて、御祈念をさせて頂いて、それから御祈念をいただいた後にご理解を頂くと、いままで泣きの涙で両親が、私をいさめておった両親が、そんならまあ一頑張りのというような時代でした。ね、ですから例えば私が、朝晩の水行をさせて頂く後姿を、母が申しとりました。
 ほんとにあのあの人がああして、この寒さの中に水垢離とってから一生懸命なっとるもんば、とても、私どんも一生懸命にならにゃおらるるもんの、と言うのが、ま、両親の、ま、合言葉だった様です。ですから、信心の中心になるところの皆さん。その皆さんの信心がです、もう何にも犯されない。何にも妨げられない。私は、その位の熱意の信心というものが、燃えるような信心がどうでも必要である。
 その燃えるものが子にも孫にも、又いうならば家族中の者に移って行く程しのおかげ。でないとです所謂今日私が言う、その大きなおかげの土台基にはならない。任せきった生活、所謂金光様が教えて下さっておられる様に、氏子が神様任せなら、神様が氏子任せになると仰せられますからとこう。ね、一言二言は任してもその事は任せられないと言った様な事でなくもう任せきっての、いうなら命を張っての命を懸けの任せきるのである。そういう信心をです、例えば中心がなされていく時にです、ね。
 それは信心の解らん者でも、あれだけ一生懸命なんだもの、付いて行かん訳にはいかん。さあ私共、さ引かじゃこて、押さじゃこてと言う事に成る様なおかげになる。ね、矢張り、大きなおかげを頂くと言う事はね、私はあのそういう信心の一つの基礎、だからそう言う様な基礎はです、ま行ったり来たりではあるけれども、皆さん何年何十年の間に出来てきたと思うんですよ。
 だからここにもう少し垢抜けした、そこん所をもうひとつ踏んぎって行くと言う様な、その熱情に乏しい。私は昨日、昨日の朝でした。福岡の古屋さんが前からお頼みになっておられた。知り合いの方が、関西歌舞伎の名優ですね、片岡仁左衛門という人があります。その仁左衛門と言う人が色紙を贈っておる。それに絵が書いてあるのか、ローソクが手燭にローソクが一本明々と燃えておるという場面である。
 まあ実に艶のあるねサインなんか、仁左衛門が墨で書いて、下のサインを朱で書いてある。何ともやっぱり役者さんだなあと思う様なその絵なんです。だから大体是は何の意味のもんだろうかとだからもし、私が芝居好きであるから分かるんですけれども、芝居好きの人であったら、もうそれだけで楽しかっただろうと思うんです。あれはその花道のね、例えば花道を七三に下った時に、舞台の電気が消えてね。
 もうそのローソクの明かりだけで、もうそれこそなんていうですか、妖しいまでの雰囲気が舞台一杯に広がる。上と下との下からと上からの手燭がこうやってでる。その手燭を書いているんですよ。ですから本当言うたらそう厳しい意味があるのじゃないけれども、このローソクちいう事は是はどげなこっちゃろうか。ね、どう言う意味がある事じゃろうかと言ってその話が出ましたから。
 古屋さんの奥さんがそれは御神意を頂いて、御理解頂いて賛を書いて貰ったらどうですかと言う事になったと言うので持って見えました。してまあ、昨日私書かせて頂いた事なんですけれども、うんこう言う風に、「身をちぢめ 心を削り人の世の 光ともなれ 己 忘れて」と。所謂身を縮めローソクは燃えながら自分の身を縮めていく。だからここ身を削り、心を削りという事は信心で言う、日々の改まりが第一だと。ね、
 信心は本心の玉を研くのだと、研いて研いて研ききっていくという。自分の身を心をいわば削っていこう、とこう言うのである。限りなく美しうなって行くわけ。ね、それが人の世の為光ともなれと。ね、自分が燃えておればね、先程も申しましたように、本当に燃えておるならば、私の周囲がどういう難儀の中にあっても明るかった。大坪さんかたん例えばほんと鍋の中を開くるならば。
 びっくりするごたあるものを頂きよる様な状態の中にあっても、いつもが笑いひしめきであった。周りのもの、又は二階に妹の婿が、もう長い間、胸の病気で休んでおった病人がある。そういうもうこれ以上の貧乏はなかろうというような貧乏をさせて頂きながらもです、そこにやはり燃えておるものがあった。だから私の周囲は明るかった。私の行くところ、どこも明るかった。ね。
 ですからそれがね、その人の世の光となると言う様な事を申しますとね、何かこう大変馬鹿らしいごたある感じがするですね。もうこっちはおかげは先頂かにゃ、人はもうあとからちゅうごたある感じがするけれどもね、実際はそうじゃない。自分が本気で、本心の玉を磨くとか、いわゆる、身をちぢめ、心を削りして行けば、おのずと光になってくるのだ。その光を自分を含めて明るくなってるんだ。
 自分の家庭だけじゃあないんだ。自分の行く所どこもが明るうなって行くんだと。私は信心のね、本当の信心の値打ちというのはね、今朝からも信心の値打ちという事を頂いたけれどね、私は信心の値打ちはそれだと思うです。又神様が願うて折られるのはそこだと思うです。ね、お前が本当の信心をしてお前が助かって、お前の周囲も助かっていく人が段々出来て来る事、その事が神様の願いだと私は思うんです。
 人の世の光ともなれ己忘れて。ね、その頃にはねそれこそ人の喜びが帰ってくる。有難いどんな炎天でも、久留米じゃろうが大堰あたりじゃろうが、もうそれこそあちらにこういう人がおるからお話に行ってくれと言われりゃ、たった一人の病人の為にでも大堰あたりまでお話に行った。歩いて乗り物がない。ね、もうそこにはね相手は場合によっちゃまあ妙な奴が来たちゅうごたある風で、言われる様な場合もあったんですよ。
 私はあのいっぺん、久冨先生の遠い親戚になる、大堰の山下参謀、山下大将ですかの参謀を務められたという栗屋という方が、夫妻で胸の病気で寝てあるという事を聞いた。あちらのお母さんが、是非お話に行ってくれと言うので私お話に参りました。もうそれこそ、初め私がそしてみすぼらしい格好して行っとるもんですからね、何かこう乞食坊主が来たごたあるふうに思われたに違いない。
 それでも私は一生懸命お話をした。枕もとに座って。夫婦ながら寝ておられた。もうあの嫁さんなんかはね、もう私が話しよったら、もう聞こうごつなかとこっち向かしゃった。それでも私は一生懸命、ご主人の方が非常に出来た方ですから、あがって・・?寝ながら聞かれるから話して帰らして頂いた。それからご主人が元気を出してから椛目まで参ってこられよった。そしておかげを受けられたと言うようにですね。
 もうそういう事がもう有難うして、有難うしてもう所謂己を忘れてしもうた。ところがね、自分が自分を忘れるほどしに、神様がお喜び頂ける様な事に精進さして頂きよるごつなって来たら、神様が絶対こっちを忘れなさらんという事が分かってきた。神様私を覚えてて下さいよと、あなたの帳面にマークして下さいよ、と言うのじゃなくてね、こちらをもう忘れてしもうとればね、神様のほうが忘れなさらん。
 そうしてどう言う事になって来たかというとです、願いもせん頼みもせんものにちゃんと、前お願いもせん先にちゃんと必要なものが前に表れて来る様になって来た。神様が忘れてござらん証拠でしょうが。この神様は、そういうおかげを下さる事の出来れる神様。だから私共の信心がです、一つ本当に人の世の為に、例えば光になろうとか、その為に己を忘れ様とかと、例えばそういう例えば美しい事で私の信心が始まったのでよったなかったけれどもです。
 段々身を縮め心を削るする事に精進させて頂きよったらです、ね、いつの間にか自分の周囲に喜びの人が増えてきたという事。喜ばしてください、と言う人が集まってきたという事。その喜びがもう自分の事なんか、自分の食べる事やら着る事やらなんか考えんなくなってしもうた。忘れてしもうた。ところがちゃんと必要な食物が、必要な衣類が集まって来る様になった。ね。
 ですから例えばそのこのお詠の様にですね、そうなろうなどと言う様な、例えば理想の元に信心するのでなくてです、矢張り何というてもです大きなおかげが頂きたいというのが一番初めなのです。そこから修行が始められる。そこから一生懸命参りをする、お話も頂く、いわゆる本気で改まりもしよう、磨きもしようと言う事になるのです。例えば是は私が二十年前に頂いている詠でもそうです。
 『死んだ気で励め努めよ徳もつく 人も助かる 道も開ける』と。もう金光様の御信心はね、私がもうこれだけの修行したら、修行の仕損になったと言うことは決してない。死んだ気でと、という事は、一生懸命でという事なのであろう。励め努めどういう事に励むか、いよいよ本心の玉を磨くことに改まらして頂くことに、一生懸命のお参りをさせて頂くことのために努める。したら徳がつくのだと、ね、人も助かるようになるんだと。ね、それから、言うなら道が開けてくるのだと。
 今日も先ほどご飯の時に、若先生が言うんです。昨日、兄弟三人で親教会にお礼参拝させてもらった。親先生が喜びなさったち。もうこちらまで嬉しゅうなってからね、それは良かったね、やっぱ時々はそげんしておかげ頂かないかんばい。もう親先生もそげんして接しょると、大体ほんによかお方じゃんの、ちゅうてからにこにこさっしゃった、こちらももう途端に有難くなる方ですから。そんな話を聞かせて頂いてそれから帰り、久留米の方にでたらしい。それで帰らせて頂く途中ででしょうか。
 あのあすこ南八幡ですか、ここへいつか見えた青年、あちらの若先生が久留米教会になんか見えておられた。自動車までここへ送って頂いた。自動車の中で合楽の若先生、あなたまでまだここまでの話ですばってんねと言って話さっしゃった。それがね最近教師連合会でね、合楽のその親先生と言う人は絶対会合に出てこない。どうした事かと言う様な話がいわゆる問題になりよりますから、何かその話があるだろうと、こういうのである。そうでしょう私は一回も行った事がない。
 若先生が、みな代わりを致します。勿論、こうして体も弱いし、出席しない。ね、そしてから、最後に言われることがね「兎に角ね、ほんとにとりわけて御比礼の立つ所の先生は、絶対動かんことは動かんもんの」ち、おっしゃったげな。まあ、そういう話がありよる。だから、いうならばです、そういう、ま、そこまでのごひれいとはいた、せんにしてもです、そういうおかげ、来年こそは合楽上げてです、大きなおかげを頂かなければならない年だとしてです。
 私共が、大きなおかげを頂かして頂く、その内容として私共が、ね、本気で一つま、燃える信心をさせて頂かなければいけない。ね、そして、それは教会の為でもなかった、神様の為でもなかった、人の為でもなかった、結局は、私自身の為であったという事になる。その、私自身の事の為が世の光にもなっていくのであり、世の人が助かっていくことにもあり、道が開けていくということにもなってくるのである。
 そこで、合楽の方達の信心の、成る程、良い信心が出来ていくけれどもですね、どうもその今朝の御理解じゃないけれども、金光様のお書き下げを下さってある色紙に、昨日、送ってきた、御本部から送ってきた小さい、金光様のお詠が載っておった。そのお詠を、今朝、御理解の中に聞いて頂いた。「こればかりのこととなるからに よからむと 心許すに過ち起こる」と。ね、
 この位の事ぐらいはよかろうと言う様な、そういう心がです、ね、そういう事に心を許す事、そこからが過ちが起こるというならば、そこからおかげが漏るのだ。どこからか是だけ一生懸命信心して是だけおかげ頂いて、例えば合楽の方達はおかげ頂き上手だけれどもおかげ落としが、又名人だという感じ儲け道はばさらか知っとるばってん、その代わりガバーとどこにか使こうてしまいよると言った様な感じ。
 信心を折角積み上げたのをどこかバサーッと崩してしまうという感じ。それこそ障子が破れて、そこからおかげが漏れた。漏れただけでなくて、そっから間風までが入ってくと言う様な事になって来よる様な感じする。だから大きな信心とは大きな、大きなという事ばっかりでなくてです小さい所に気を付けて、ね、たったこの位の事と言う様な中にもです、心して実意丁寧な信心させて頂いておかげを頂こう。
 これは今日古賀さんが、来月の信心の焦点と言うことを頂いたから、いろいろお願いしよったけれども、やはり来年の元旦の、これがよかろうと思って、私はこれを、金光様のそれを、四代様の書体を真似して書くと書いた。これ、金光様の字を真似て書いた字なんです。今の歌を。だからこれをま、印刷して頂てね、このくらいの事というような事に心許さずに、ね、いうなら、こまく、こまいところに気を付けさせて頂いて、ね、それこそ水も漏らさん信心させて頂いて、願いは一つ大きく持とうと
 。大きなおかげを頂かしてくださいと。そして先程委員長からからもお話があっとりましたように、ね、御本部の御造営もあのようにして着工されましたし、またこことしても、丸少会館が建設されるようなお話が寄り寄りあっております。ですからどうでもなら、大きなおかげを頂かなければれば、お役にも立てないわけでありますから、ね、大きなおかげを頂かして下さいという願い。
 まあこのこ事とは、随分今まで申してまいりましたからね、その大きな願いの内容を検討しながら、大きな願いを立てさせてもらって、いわば、今までの信心に物言わして、それをいわば完成していくというような意味においてです、おかげを頂いて、そして、水も漏らさんという、ね、細かいところに、心許すようなことのない信心を頂かせてもろうて、おかげを頂いていこうという訳であります。
 どうぞ愈々明日が前夜祭、そして明後日は報徳祭、ほんとにあの報徳祭と言えば、ほんとにあの桂先生九州の信心という事がすぐ思われます。果たして今桂先生の御信心が九州の信心がどのようになっておるであろうが、ね、まだ合楽のこの位な所に皆さんが目を付けられて、ごひれいの立つ教会というふうに言われるが、この位の事のごひれいが、ではとてもとても、大きなお役には立てやしません。ね。
 ですからいよいよ大きくおかげを頂いていくことのためにです、いわゆる桂先生の御信心にあやからしてもらい、ね、いわゆるまえ事信心の事においては、前に進んでも後ろには引かんというほどしの不退転のご精神をですね、九州を?信心、いわば合楽のものの信心の上にこれを生き生きと頂かせてもろうて、おかげを頂いていく。ね、私は神様に喜んで頂くという御大祭がね、いわば四神様、そして教祖様、ね。
 または三代様または私どもの先輩手続きにつながるところの諸先生方の御信心を頂くということがね、とりもなおさず神様が喜んでくださることであり、御霊様たちが喜んでくださることであるとこう思うのです。そういう言うならば、真を報徳祭に表させて頂いて、今年わずかばかりの日数を、いよいよ御礼の真を、または御礼のための精進をさして頂いて、おかげを頂きたい。そしていよいよ来年はね、大きなおかげの願えれる信心を一つ頂いておきたい、というふうに思うのでございます。
 身を削り心をけ削り人の世のひかりともなれ、おのれ忘れて、というと教歌教えられる歌、教えでなるほどそれは理想であり、立派な言葉であるけれども、なかなかそんなわけにはいかん、とこういうような感じがいたしますけれどもね、それは言うならば、いよいよ自分というものを見極めさして頂いて、今朝からの御理解のように、いわゆるいよいよ自分自身が分かる。
 信心が分かれば分かるほど、例えば親鸞聖人様が、もう御年をおとりになるに従って、日本一のいわば、大悪人だとか、一番つまらないのだというふうに、自分悟っておいでられた。それは聖人様の心の中に大きな光が灯ったから、その隅々までが分かってくるから、そのようなことになってきた。その頃には、たくさんの信者、信奉者が生き仏さまのように崇めておるという事実がありますね。私どもでもそうです。
 自分の心のの中にいわば光を灯させて頂いて、ね、その光がともれば必ず自分が分かる。そこからたとえば実れば実るほどかがんで通れと仰る。実れば実るほど、かがもうと思わんでもおのずと頭が低うなっていくと言う様な信心が身に付いてくる。そこに自分の足もとがハッキリ分かるところからです、小さいことにでも心さしてもらう。ね、親子例えば、でご飯を頂く、私は小皿の醤油でもこうゆすいで頂くようにする。
 子供たちはおつゆも残しとりゃ、お煮しめも残しとる。そりゃもうぽんと捨ててしまうと、たとえばですよ、これたとえの話なんです、というようにです、ね。それなぜ子供たちがそうであるかというと、分からんからなんです。ところが私はもったいないということが分かるからそうさせて頂かなければおられんのである。そうさせて頂かなければおられないという信心をね。
 頂くためにいよいよ、私は己を忘れて、自分の心の中の光をね、大きくしていくことの信心。そういう設備がね、たとえば10よりも20設備がでけて、真心一つで、20なら20,30なら30の電気がパッと一辺につくようなね、おかげを頂きたい。そういうおかげを今日私は大きなおかげというふうに申しました。ね、大きなおかげを頂かして頂くために精進さしていただかにゃならんと思う。
   どうぞ。